乾杯は【伊丹の酒】で!
精苗園 久保武久さん
――久保さんは、これまでのインタビューをよく読んで下さってるんですね。
「乾杯は【伊丹の酒】で!」には、お酒や神様に関すること、人を感動させる話題がたくさん出ていますね。男は誰だって、女性を感動させて「素敵~」と言わせるものを持っていたいのですが(笑)、私の場合は、それが桜とサツマイモです。
サクラの「サ」は稲を表す古語で、「クラ」は神座のこと。桜には「稲の神様が降りてくる」という意味があり、神話に登場するコノハナサクヤヒメが、山桜の女神様なんです。桜の花芽、開花、葉桜の時期は、お米を育てる工程とそれぞれ結び付いていて、桜はカレンダーの役割をしていたんですね。
――ワシントンの桜並木は、久保さんのお祖父様が、育てたものだとか。
明治の末に東京市長がワシントンに贈った2,000本の最初の苗木は、害虫が付いていたため焼却処分されたんです。それで、強くて丈夫な木を求めて、日本3大植木どころである兵庫県川辺郡の東野村の祖父に依頼が来た。子どものころから聞かされていた話ですが、裏付ける記録が残っていないから、単なる昔話でしかありませんでした。ところが、20年ほど前に読売新聞の記者さんが、ワシントンの桜に関する東京都公文書の下書きを、発見してくれたんです。そこに書かれていた、「兵庫県川辺郡苗木商久保武兵衛」の名を見た時は、それはもう、うれしかったですね。下書きには2重線が引かれていて、公文書では「兵庫県下ヨリ」に変わっていたんですけど。
――そんな桜を育てた東野は、土壌が豊かなのですか?
いいえ、粘土質で植木には少し厳しい環境です。でも、人間も過保護はダメで、適度に厳しく適度に優しく育てる方が良いでしょ。植物も同じで、土壌や環境が良すぎると、他の土地へ持っていったら枯れてしまうことがある。伊丹で育てた南京桃や梅は、どこの土地に植えてもしっかり育つので、人気があるんですよ。
――精苗園の久保さんの名刺には、ワシントンの桜のことなど、一切入っていませんが。
東京市長尾崎行雄は、日露戦争を終わらせるためポーツマス条約の仲介をしたアメリカに、深く感謝していました。桜のプレゼントの背景には、彼の一生懸命な思いがあったんです。うちのお祖父さんもチームの一員として、桜の輸出に命を懸けていました。そんな人たちの熱い心を、宣伝のように使ってしまうのはとても失礼な話です。久保家にとって、桜はビジネスじゃないんですよ。
――久保さんは、お酒の方は?
お酒も楽しい雰囲気も大好きでした。クラブに仲間とよく通っていた時は、ナンバーワンの綺麗な人より、隅っこの鈍臭い女性が気になって、隣に座り彼女の悩み話を聞くことがよくありましたね。家族には、「お金を払って飲みに行ってるのに、話を聞いてあげてるなんて、お父さんそれは逆や」と、よく笑われていましたが(笑)。
お酒の量が多かったせいか、6年前に「乾杯!」と言った瞬間に倒れてしまったんです。脳卒中でした。それ以降は、飲んでいません。
今の楽しみは、うちのサツマイモ観光農園に、毎年来てくれる園児とのふれあいですね。
――芋掘りは、園児にとって楽しいイベントですね。
毎年、50ぐらいの幼稚園と、育児サークルのグループが来られます。芋掘りだけでなく、コオロギ取りも楽しんで欲しいから、芋畑の周囲にはコオロギが越冬できるように、桜の木を植えているんです。観光農園では子どもたちに、普段なかなか味わえない「非日常」を提供したいんですよね。
お弁当の時間に、「おっちゃんお菓子あげるわ」と1人の子がくれると、次々に「私もあげる」「おっちゃん、僕のもあげる」と、手渡してくれる。また、帰りに「おっちゃん、お大事にね」と声をかけてくれる子もいる。感激しますね。そんな子どもたちに、良い環境を残すのが、我々の務めじゃないでしょうか。
ところで、人間が技術で、植物の成長に関与できる度合いは、どれぐらいだと思いますか?
――えっと・・・、30%ぐらいでしょうか?
いえ、たった5%です。日本の最先端技術をもっても、自然の力には敵わない。作物は、人ではなく太陽、空気、水が作ってくれている。私にとっては、これらが「神様」なんです。
これまで日本の国は、お金を払えば何でも手に入ると思ってきた。けれど最近、色々な問題が起こってきて、自給自足、地産地消が注目されています。今こそ、農業再考、農業再構、農業最高!ですよ。
オマケ! →久保さん案内の日本一の花見