男と女の「おかしな!?」ハナシ
アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)

あなたの身の回りにも時々起こる
「これってどうなの?」「おかしくない?」という話。
このコーナーでは、毎回、「男と女のちょっとおかしな!?ハナシ」を、つぶやいてもらいます。
今回のつぶやき主は、30代のヨシ子さん。
営業担当の態度にモヤっとした話を
同期の友人に、聞いてもらっています。
ハルミ:ヨシ子、引っ越しを考えているんだって?
ヨシ子:うん、来年には子どもが生まれるしね。
もう少し広い賃貸を探してて、今あちこちの不動産屋さんを回ってるんだけどさ、ちょっと聞いてくれる?
昨日出会った営業の人の対応に、モヤっとしたのよ。
サチ:態度が悪かったとか?
ヨシ子:ううん、とても丁寧な人だったんだけどね、
最初に挨拶をされた時に、手前に座っていた私をわざわざ通り越して、奥にいる夫の方に先に名刺を渡されて、え?なんで?って思ったわけ。
話をするときも、夫の方ばっかり見て話すし。
サチ:あぁ、名刺を渡すのは、偉い人から順番に、ってやつね。
夫が上だって思うのは、昭和世代の価値観だから、仕方ないよ(笑)。

ヨシ子:いやいや、その人、明らかに私より若い男性だったんだよ!
ハルミ:えっ、そうなの?
ヨシ子:年齢が高い人が「男が上、女が下」という態度だったとしても、「そんな価値観の時代を生きて来られたんですね~」と、スルーしているけれど、我々世代なのに?って。
サチ:そりゃ、モヤっとするなぁ。
◆ハルミのつぶやき
ヨシ子がモヤっとする気持ち、まぁ分からないでもないけどさ。
でも、結婚するときには男性の姓を選ぶ夫婦がほとんどだし、男性の方が経済力がある場合が多いから、営業担当が「ご主人!」ってなるのは、仕方ないんじゃないかなぁ?
◆サチのつぶやき
私も初めてのお客さんのところへ部下と行く時に、後ろにいる部下の男性の方に先に名刺を渡されることが時々ある。
先方が、名刺の肩書を見て「すみません!」って慌てられることには慣れっこなんだけど、同世代にそれをされると、ややショックだよね。
◆ヨシ子のつぶやき
「男がおごるのは当然」とか「家事が得意なんて男らしくない」って、大声で言う昭和生まれの大先輩の価値観は、笑って流しているけれど、20代の人に「ご主人様、ついでに奥様も」なんて態度で対応されたから、何で~!?私の方が手前に座っているでしょ。
何なら、夫より年上だし、役職も私が上なんですけど~って、心の中で思っちゃった。
若い世代が、男らしさ女らしさに固執していたら、世の中変わっていかないよなぁ~~。
【ミニ知識】
ジェンダーギャップ指数 日本の順位は118位
世界経済フォーラムが毎年発表している「ジェンダーギャップ指数」は、政治・経済・教育・健康の4つの分野で、男女の平等がどれくらい進んでいるかを示す世界ランキング。
2025年の日本は、148か国中118位で、依然として低い水準にとどまっている。
教育分野ではほぼ平等を達成しているものの、政治分野と経済分野での遅れが日本の順位を大きく引き下げている。
【日本のスコア2025】(100%が完全平等)
全体:66.6%(118位)
・経済:61.3%(112位)
・教育:99.4%(66位)
・医療:97.3%(50位)
・政治:8.5%(125位)

弁護士で、不惑を越えてからの子育てに奮闘中の中村衣里さん
今回の「おかしな!?ハナシ」の場面。
私自身もこれまでよく体験をしてきた、「あるある!」なお話でした。
不動産の取引等の場では、終始、同行している「だんな様」「御主人様」である男性に対し語り掛けられ、女である私には目線も合わせてくれない。
それが一転、「キッチン」の話題になると、「奥様~!こちらのキッチンいかがですか。
やはりキッチンのことは女性でないと!」と俄然、語り手の顔と声が女である私に向けられるのです。
しかしながら、私・・・お恥ずかしいことですが、ほとんどキッチンには立たない、いや、立てない人間なのです。
日常的にキッチンをほぼ有効活用できていない人間に対し、「女」である、ただその属性だけを理由に、そのような御質問を投げかけられても、残念ながら話が弾むはずもなく。
ここでまたトンチンカンな回答をして私が恥をかく・・という更なる被害に遭う始末です。
結局、全体的な会話の中では、男女に関する固定的な役割意識、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を感じるとともに、女性はキッチンについての知識を持っていて当然とのこれまたバイアスにさらされて、再び撃沈する・・といった複合的な偏見(意識)の前に、私一人がモヤモヤと過ごしてしまう。
こうした、なんとなくモヤっとする経験は、少なくとも現在を含めこれまでは圧倒的に女性のほうに多いのではないでしょうか。
この「モヤっ」とする経験。
相手は気づいていなかったり、悪気もなかったり、さらには良かれと思っての会話や行動なのかもしれませんが、受け手にとっては、「モヤっ」と傷ついていることが多いのです。
その「モヤっ」を具体的に言えば、「差別されている」「偏見を受けている」という認識なのですが、これまで多くの場合、それを受け手側が一人で受入れ、甘んじてきたというのが実情でした。
それは、社会全体がそうした男女の役割を「普通のこと」としてとらえる風潮であり、それに異を唱えることを良しとしない(たとえば、異を唱えることを、まさに「女性らしくない」と捉えるような)環境だったからでしょう。
そうした綿々と続く社会風潮の中で、生まれ、育ち、家庭や学校の中で教育を受けてきたのですから、若者とはいえ、そうした無意識の偏見が彼らの中にも再生産されることは当たり前ともいえます。
私たち大人がこれを是として、一人ひとりの「モヤモヤ」の中に飲み込んできてしまってきたからであり、こうした無意識の偏見を持つに至った若者たちを非難し、嘆く前に、私たちこそが反省をすべきなのかもしれません。
しかし、こうした意図的ではない差別や偏見が、本人の気づかないところで社会の差別や偏見を再生産し、また個人に対してもストレスを与え続け、たとえば自己肯定感を下げる結果にさえなっているのです。
最近はこうした現象をマイクロアグレッションと表現して、性別に関する偏見のみならず、年齢や外国籍の人への偏見、差別に関しても問題とされています。
このマイクロアグレッションは、無意識なものでありながら(無意識であるからこそ、より問題なのだと思いますが)、個人そして社会に対し、小さいながらも確実に攻撃性をもってインパクトを与え続けます。
受け手が傷つき、表現者が意図しないところで受け手との信頼関係が結べない原因となり、さらには社会における偏見、差別が温存、拡大する大きな原因となっています。
この問題に発信者、受け手となる双方が気づき、解消していくことは、ジェンダー平等を始め、あらゆる分野で偏見と差別が残るこの社会には必要です。
そのために私たちはどうすれば良いのでしょう。
発信者はもともと、無意識で悪気なく話しをしているのがこの問題の特徴です。
だからこそ、受け手である、なんとなく「モヤっ」としている私たち受け手側が、まずは、「それ違いますよ」「それ、しんどいです」「私はこう思います」と少しの勇気を持って言ってあげるのが必要なのかもしれません。
なぜ言われた私が勇気を出して言わなきゃいけないの?と思われるかもしれません。
しかし悪気がなく発せられた言葉ですから、多くの場合は、発信者も「そうだったのか」と気づきを与えられて、少しの恥ずかしさとともにそれを受け入れて反省をして、今後は他の場面でも言わないように気を付ける機会を与えもらったと感謝の気持ちさえ持ってくれるかもしれません(そのように期待します)。
私たちの社会が、誰もがオープンに対話をし、誰もが心地よく過ごせるようになるためには、嫌なことや傷ついたことはその場で素直に発信する。
一方で、自身のマイクロアグレッションに気づいた人は素直に反省し、今後の行動を改める。
そんな社会の循環ができれば、どんなに生きやすい社会になるでしょう。
もちろんそんな理想的な社会がすぐに実現できるとは、とても思えないのが残念ながら現実です。SNSを見れば、目を覆いたくなるような意識的な差別、偏見にまみれた発言も一部で渦巻いています。
しかし誰であっても自由に、自分らしく生きる権利があり、社会はそれを保障する場であるはずです。
社会がそれらを阻止(制限)したり、否定する土壌となってはならないはずです。
私たちが日常生活を過ごすなかで、その場その場で、ちょっとした気づきの中から発信/修正(反省)を繰り返すことで、本来あるべき社会づくりを目指せるのであれば、私たちはそのためのほんの少しの勇気、努力の積み重ねを諦めるべきではないのだと思います。
原稿担当 : NPO法人 あなたらしくをサポート(愛称:らしーく)
イラスト : 林やよい
※このイラストを利用されたい場合は「NPO法人あなたらしくをサポート」nporasiku@gmail.com までご連絡ください。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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