本協議会においては、「伊丹市における同和問題の現状と課題」を前項に掲げた「基本的視点」から分析し、「同和問題解決のための施策の推進方向」について、次の提起を行うものとする。
同和問題解決のための取組みは、本来、一般対策で実施すべきものであるが、同和地区住民の生活環境の改善・向上が緊急の課題であったことや、一般対策の内容が同和地区の実態に十分対応できなかったことなどから、一般対策を補完するものとして特別措置が実施されてきたものである。
そのことによって、対象地域住民の生活環境の改善・向上が大きく図られたところであるが、なお教育・就労等の分野において課題が残されている。
今後については、一般対策の活用を図るとともに、「同和問題解決のための基本認識」で述べたように、その趣旨に照らせば限定的でなければならないが、既存の一般対策の状況等を踏まえ、これまでの施策の成果が損なわれるなどの支障が生ずることのないよう配慮する必要がある。
併せて、根強く存在する差別意識を解消するためには、これまでの同和教育・啓発に関する取組みのなかで培ってきたノウハウを生かし、より有機的・効果的な人権教育・啓発をすすめるべきである。
さらに、対象地域においては、部落差別をはじめさまざまな差別を受ける住民が暮らしており、そのような輻輳した立場に留意するなかで、対象地域内外住民の交流をすすめる必要がある。
今後の同和行政の推進にあたっては、上記のような方向性をもった施策を実施する必要があるが、その効果的かつ着実な推進を図るために「伊丹市同和行政推進プラン」(仮称)を作成したうえで実施すべきである。
また、実施にあたっては、これまで以上に、当事者団体との連携を図る必要があるが、今後は、同和問題の解決という共通の目標に向けて、「対峙」ではなく、「協力」の関係を発展させるという視点を基本に捉え、それぞれの主体的な取組みをすすめていくべきである。
最近の伊丹市における差別意識に関する調査に、1993(平成5)年「伊丹市民の人権意識調査」(以下「市民意識調査」)と、1998(平成10)年「調査」がある。
これらの調査では、調査対象者の立つ位置が異なっている。市民意識調査は、「市民」であり、調査では「部落差別を受ける人々」である。
しかし、同和問題や人権尊重に関する意識については、双方の調査とも「同和教育・啓発による一定の成果が認められるが、なお結婚問題を中心として差別意識の解消が十分にすすんでいない」という結果がみられる。
このことは、市民の同和問題についての一般的な理解や認識は基本的には深まりつつあるが、「差別はいけない」という建前の意識にとどまっており、対象地域関係者との結婚や対象地域への居住等、自らの利害に関わる場合は、それが必ずしも積極的な姿勢や行動に結びついていないことを示している。
その理由は、対象地域との直接的な関係が生じると社会的に不利になるといった、排他的な「社会意識に内在する差別意識」が存在するからである。
このような排他的な「社会意識に内在する差別意識」が、さまざまな差別を生みだし支える要因であり、時として、個人意識に大きな影響を与えて「個人意識に内在する差別意識」を引き出し、差別事象の発生につながることになる。
したがって、差別意識の解消にあたっては、これらの相関関係を十分に踏まえ、とりわけ、対象地域には同和関係者というだけではなく、重層的な差別を受ける人々が居住しているため、同和問題とさまざまな人権問題解決に向けた取組みのネットワーク化を図り、市民の人権意識の高揚とそれぞれの人権問題における教育・啓発をより効果的にすすめていく必要がある。
伊丹市においては、2001(平成13)年に、このような視点を持つ伊丹市行動計画が策定されたところであるが、このあと予定されている実施計画の策定にあたっては、これまでの取組みの経緯や成果等を十分に生かす必要があると考える。
なぜなら、小委員会において出された同和教育・啓発に関する意見を整理すると、1973(昭和48)年の伊丹市同和教育基本方針及び基本計画、1990年伊丹市同対審答申や、1995(平成7)年の伊丹市人権啓発専門委員会提言で示された内容に相通じるものが数多くあり、それだけ同和教育・啓発における課題の解消が容易でないことを示しているとも言えるが、別の視点からは、これまでに出された答申や提言の内容を施策に生かし切れていない、言いかえると「積み重ねが積み重ねとなっていない」からである。
そのため、これらの点を十分に整理・分析するとともに、調査において明らかになった、さまざまな教育・啓発等の問題点や課題等を踏まえて、実施計画の策定に取り組むべきである。
前節において、今後の差別意識解消に向けた人権教育・啓発のあり方について述べたところであるが、さらにその効果を高めるためには、伊丹市をはじめ伊丹市同和教育研究協議会等の市民組織や企業、労働組合を含め、さまざまな人権問題解決に向けた取組みの主体が、それぞれの貴重な経験と取組みについての交流を図り、優れた教材や手法を開発するためのネットワークを構築する必要がある。それにあたっては、ネットワークの中核的な媒体、あるいは共通の基盤となる人権情報データベースの整備が行われていなければならない。
伊丹市では、第4次総合計画において「人権情報データベースの整備」を謳っているが、本協議会が、1998(平成10)年の調査で大変な労力と時間を費やしたように、行政資料や情報等の集積、共有や活用が十分行われているとは言えない。
言うならば、伊丹市における「人権情報のデータベース化」については、まだ緒についたばかりであり、その早急な整備が求められるところである。
今後、人権情報データベースの整備や活用がすすみ集積された成果は、伊丹市内においてはもちろん広く市外に向けても発信するべきであり、まずはホームページの運営からはじめ、ノウハウを蓄積するなかで「人権情報コーナー」へとすすみ、最終的には、総合的な機能をもつ「人権センター」(仮称)開設へと発展することが望まれる。そのためには、まずセンター的役割を果たす部署を行政組織のなかに位置づけるべきである。
伊丹市においては、対象地域住民の自立と自己実現の達成を支援する手法の1つとして、個人給付的事業を実施してきた。その内容は、減免、助成、貸与等、多岐にわたっているが、それらの制度が実施されてきた経過や目的とするところは、それぞれに異なっている。
そのため、先に述べた「同和問題解決のための基本認識」を視点に捉えて、それぞれの個人給付的事業における制度の意義や目的等と現状を十分に比較検討し、その目的を概ね達成したものについては廃止するなど、適切な見直しを行うべきである。
伊丹市教育奨励金については、国の高等学校等進学奨励費補助制度(以下「国奨励費補助」)の補完的措置として実施されてきたものであるので、当該制度の根拠となる地対財特法が本年度末をもって失効することから、終了せざるを得ない。国においては、来年度以降、経済的条件を理由として進学を断念するという事態が生じないよう、大学にあっては日本育英会奨学金制度の拡充により、また高等学校にあっては各都道府県の一般奨学金制度の拡充、あるいは創設によって対応するところであるが、当該制度のみではその趣旨が十分生かされないため、伊丹市にあっては、一般施策である伊丹市奨学金制度の内容を工夫・改善するなど、その対応策を検討すべきである。
これまでに見てきたように、同和問題解決に向けた取組みの進展や対象地域住民の自立意欲の向上が相挨って、対象地域住民を取り巻く生活環境は、大きく改善されてきた。しかし、調査により、現在もなお、低位な生活状況にある地域住民が存在することも明らかである。今後は、基本的には、一般対策によって対応することとなるが、その効果的な活用を図るためにも施策内容を周知し、その利用へと誘導できるよう配慮する必要がある。
教育については、従来より、家庭の教育力が課題となっているが、調査においても生活環境の不平等が、子どもの教育環境の不平等に反映し、それが階層文化として固定され、不平等な環境が受け継がれていくという、部落差別の残滓がなおみられた。このような課題については、学校教育における進路指導等の充実とともに、地域全体の共通の課題として捉え、家庭、学校、地域社会が協働して対応することが必要である。
就労に関し、調査のなかでは、部落解放労働事業団が自立支援のために大変大きな役割を果たしている。経済不況がすすむなか、今後においては、これまでの施策の成果が損なわれるなどの支障が生ずることのないよう配慮するとともに、業務拡充の支援や自立への指導・援助を行うことが必要である。
また、高度情報化や技術革新の進展に伴い、大半の職場では情報化・OA化が普及、一般化し、職業能力が高度・専門化してきている。このような状況は、女性、障害者など、就労に困難な課題を抱えている人にとって、就労の機会を拡大する可能性がある一方で、調査にもみられたように、急激な変化に対応できず、就労の場面から疎外される人を生み出している。ある調査によれば、同和地区のパソコンの普及率は全国平均に比べると大きな較差があり、インターネットの利用率においては、全国平均の半分にとどまるといった結果がみられ、ひいては、それが社会的・経済的格差につながることになる。したがって、このようなIT格差を解消するため、職業能力開発・向上の機会の確保や提供等につながる支援策の検討も必要であると考えられる。
さらに、調査で明らかになったように、重層的な差別構造のなかで、高齢者、障害者、女性、母子(父子)世帯など、さまざまな課題を有する人々の存在がある。これらの人々が、地域社会のなかで安心して生活していけるよう、福祉サービスの充実が求められるとともに、これらの人々が自立意識を醸成し、生きがいをもって生活できるよう支援する条件づくりが必要である。
その条件づくりには、一定の環境整備が必要であるが、対象地域にあっては、共同会館、ふれあい交流センター、解放児童館、母子健康センターなどの施設、家族・親族、隣人関係の相互扶助意識など、支援のための地域環境が比較的整っているため、今後は、それらのネットワークを構築し、情報の共有化や相談体制の充実を図るとともに、関係機関との連携を強化する必要がある。
同和対策事業における生活環境の整備について、住民が参加し、道路、上下水道、公園、施設、住宅等の地域環境の整備をすすめてきた点では、わが国の地域環境整備の先行事業としての役割を担ってきたものであり、伊丹市においても、事業の着手以前と以後、また周辺地域との比較において相当の成果を収めている。
しかしながら、それらの事業が「対象地域における生活環境の改善を図る」(同対法第6条第1号)ことを主眼として実施され、またその手法が地区改良法に基づくクリアランス型ではなく、手直し型の緩やかなものであったため、全体として対象地域内に閉じ込めた形で終わっており、周辺地域とつながるまちづくりという視点においては、不十分であったことは否めない。また、このことが、ハード面だけではなく、生活全体のソフト面や意識面に対しても、同様の形で影響を及ぼしている。
そのため、対象地域のまちづくりにおいては、周辺地域、少なくとも小学校規模の周辺地域と関連性をもたせ、その地域社会に住む人々との豊かな人間関係を築くことが必要である。そして、その成果が、市域全体のまちづくりへと向かうことが求められる。
また、調査にもみられる通り、市民には、旧来からの誤った蔑視感に基づく差別意識がなお存在しているが、このような意識をもっている人は、実際に対象地域を訪れたことがない人に多く、対象地域を訪れ地域住民と交流の機会をもった人については、それが偏見によるものであったことに気づく場合が多い。
伊丹市においては、既に共同会館や解放児童館等が、対象地域内外住民の交流事業に積極的な取組みを行っているが、さらにその充実・強化を図るべきである。
特に、共同会館については、周辺地域を含めた地域社会全体のなかで、福祉の向上をはじめ人権啓発や住民交流の拠点となる開かれたコミュニティセンターとして機能を備えることが望まれる。