後部座席で妻と二人、何を話すとも無く

タクシーは真っ暗なあそか苑に着いた

時計の針は午前１時を指している。


もちろん入り口は閉まっている

インターホンで呼びかけると

ケアマネージャーさんが出てきてくれる。



ケアマネさんも自宅から飛んで来たらしい。



真っ暗な廊下をスリッパの音だけが響く。



廊下の先で母の部屋だけが明るく蛍光灯が点いている。



開いたまんまのドアの向こうのベッドでは

酸素マスクを着けた母が横たわる。

前日来た時と同じ様に大きく肩で息をしている。



ただ、前日と違うのはその呼吸が時々止まる。



数秒止まってはまた呼吸をする。



話しかけてももちろん反応はない。

目は何処を見てるのだろうか、、、。

視線の先だろう空間に自分の顔を持って行く。

ここ数ヶ月で随分痩せた母。。。



ここに向かいながら電話をかけた兄弟が

次々と到着する。


替わる替わるに母に声を掛ける。


声を掛けると止まっていた呼吸が戻る。




仕事で遺族の方に話す事を思い出す。

「昏睡状態、死亡後。その方は何も言わないが

こちらの声は聞こえているらしいですよ。

ただ、その声に反応する力が無いだけで、

その方には聞こえているんですよ」




「ほら！　　お母さん！　　息せな！

お母さんの大好きな叔母（妹）もこっちに向かってるで！」



痩せた首筋の血管が脈を打つ、

心臓が動いているのが判る。




しかし、呼吸が止まった時、脈も止まった。

軽く心臓マッサージをすると脈が戻る。



肩で大きく呼吸をしている姿を見ていてもしんどそうだ、

叔母が来るまで頑張れ！と掛けていた言葉が

だんだんと変わって来る。



「しんどいんか？もうええで、

そんなに頑張らんでも、もうええで、

ゆっくりしいな、しんどいんやろ？

もう楽にしいな。」



そんな事を何度か繰り返しているうちに

とうとう戻らなくなった。

育て上げた４人の子供と

その連れ合いに見守られながら

静かに息を引き取った。



１時半頃だったらしい。



廊下でうなだれているケアマネに伝える。

ベッドの母は穏やかな顔をしている。


死亡確認は医師がする。

その担当医はお昼頃まで来れないらしい。

それまでは触る事ができない。




数分後

母の兄弟もやってきた。



暗い廊下で

今はお互いに声を掛け合うしかできない。



他の入居の方もいるので今夜はひとまず解散、

明日、死亡確認をしていただいた後

さくらホールへ引き取る。



明日すぐにお通夜をするのか

仮通夜として一日置いて

明後日のお通夜にするのか。。。

みんな僕に聞いて来る。




判断。



少しでもしっかりと送りたいので

一日延ばすと決定。



「母は部屋が暗いと眠れないので

申し訳ないのですが部屋の電気は

点けっぱなしにしておいて下さい」

とケアマネさんにお願いをして

ひとまず解散。



帰り際に阪神特殊自動車（霊柩車屋）さんに

さくらホールへ移動する際の

寝台車を電話にて注文。



３時頃、自宅にたどり着き

妻と少し話をした後

意外としっかり寝る事ができた。